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2007年07月27日

第26回星遊会!

第26回星遊会は、2007年8月13日にホテルメリージュにて開催!


今年は私の担当の年であります。


延岡西高校がなくなって、最初の星遊会。

実行委員長を筆頭に、みんなが助け合って、素晴らしい活動を展開しています。
盛り上がりも最高潮!

ホームページも充実。
「宮崎県立延岡西高等学校同窓会 第26回星遊会HOMEPAGE」

延岡市外、宮崎県外に散らばっている同期のみんな、

8月13日はぜひ延岡に帰って来てくださいね!


開催場所 / ホテルメリージュ延岡
開催日時 / 2007年8月13日 (月)
内容 / 17:00 総会・18:00 懇親会




空から見た昭和39年10月の延岡西高校。周囲には何もないことが分かる=延岡西高提供=
(クリックで拡大)

宮崎県立延岡西高校 創立昭和38年−44年の歴史に幕

 東京オリンピックを翌年に控えた昭和三十八年四月に開校、昨年まで一万三千九十三人の卒業生を輩出してきた県立延岡西高校が三月四日、四十四年の歴史の幕を閉じる。同校は、「ベビーブーム」世代の成長とともに高校進学率が高まり、その受け皿として創立された。団塊世代の定年が近づき、時代は「少子化」へと変わり、生徒数減から普通科高校再編により閉校を余儀なくされた。母校が無くなることに、卒業生らは今も複雑な心情だ。卒業生や当時の教職員、在校生に母校に寄せる思い出や熱い思いを聞いた。

岸上照夫同窓会長

 延岡市野地町の建設予定地は水田や沼地が広がっていた。建設工事は、軟弱な地盤のため予定を大幅に遅れ、四月には間に合わなかった。希望と夢を膨らませていた一回生は、入学式を延岡高で済ませた。新校舎に引っ越しするまで延岡高「間借り」。ようやく新校舎に引っ越したのは同年六月二十三日だった。

 延岡西高同窓会の岸上照夫会長は、昭和三十九年入学の二回生。開校二年目だったが、入学試験は延岡高校で受験した。入学式は延岡西高校で迎えたが、校舎はまだ建設途中だったという。

 入学した延岡西高の雰囲気は「生徒は岡富中を中心とした市街地の商店主の子弟が多く街の高校というイメージがあった」。岸上さんの思い出から延岡西高の開校当時を振り返る。

■石拾い■

 「体育の授業はグラウンドの石拾い」から始まった。一、二回など創生期の生徒たちにとって忘れられない〃授業〃だった。グラウンドは石ころだらけ。走るに走れない状態だった。体育の授業では、名物教師だった海老原吉之さん(故人)と岩室富雄さん(69)が「さあ、みんなで石を拾うぞ」。生徒たちは文句ひとつ言わずに黙々と石を拾い、モッコで運びグラウンド東側にあった沼を埋める作業を続けた。

 「石を拾って出来た狭いスペースでの体育の授業でした。でも自分たちの力でグラウンドを造るんだという気持ちがあり、愛着が生まれましたね」

■部活動■

 「グラウンドが使えないので各部のランニングは学校から金堂ケ池を回るコースでした。当時は通行量も少なかったので出来たのでしょうね」
「私は柔道部で空き教室を道場代わりにして、畳を敷いてけいこをしていました。指導者は海老原吉之先生でした」。
畳の下はコンクリート、授業で柔道があったが、投げられると生徒はかなり痛がった。バスケットは体育館が無かったため、岡富中で練習する間借り生活が続いた。周りは一面田んぼ。桜小路まで戻らないと家のない時代のことだった。

■長髪交渉■

 ビートルズの東京公演は昭和四十一年六月。ビートルズブームとともに長髪が流行、同時に若者が自己主張を始めた時代でもあった。「校則の改革をしよう」延岡西高の生徒たちも主張を始めた。「長髪交渉」である。

 一回生の井口博文生徒会長らは生徒会の総意を基に向高裕興校長と数回の交渉に望んだ。「そんなに難航するような交渉ではなかったようでした。自由で明るい校風でしたからね」

 “脱丸刈り”が決まり、長髪をなびかせる西高ボーイが誕生した。

■受験戦争■

 日本経済は高度成長を続け、同時に学歴社会が進展。大学進学率も高まっていた。

 「先輩の残してくれた受験データが全然ないんですよ。あるのは県内の模擬試験の比較くらいでした。受験戦争と言われる中で先生も生徒も手探り状態でしたね。でも皆それなりに頑張っていました。進学校ということで、遊んでいる場合ではないということだったのでしょうか、修学旅行に参加した生徒は半数ぐらいでした」

■閉校する学校の同窓会会長■

 「ベビーブームと言われた時代に生まれた私たちが、少子化による生徒数の激減の中にあって、同窓会会長として閉校を見守ることになるとはね。時代の流れには逆らえないんでしょうかね」。言葉に無念さがにじむ。

 「最後の卒業式は、教職員と卒業生が主役ですから思い出に残る卒業式であってほしい。閉校式もそうですが、静かにその日を迎えたいと思っています」

 同窓会活動の今後は「年一回の夏の星遊会。秋に文化講演会か音楽会など、卒業生に協力をいただきながら企画したいと考えています。まだ一回生が五十九歳です。卒業生は若い時はクラス会、学年会、年を取ってから全体の同窓会に出席するようになるので、それまでにしっかりとした組織をつくり上げていきたい。それが一番大切なことと認識しています」

 同窓会の拠点は、正門前にある西高会館。PTA会費で建設した。閉校と同時に管理は同窓会になり、ここを拠点に同窓会は機能する。

 同窓会会則に「社会福祉に寄与する」とあり、この春から知的障害者らをサポートするNPO法人に使用させることも決まっている。下校した子どもたちを夕方まで預かる活動を同窓会も場所を提供して支援するという。

<夕刊デイリー記事より>

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